ここ最近朝のニュースで、飛行機内で乗客と乗務員がマスクをするしないで揉めて、拒否した乗客が飛行機を降ろされる、というトラブルがあったことがしきりに報道されている。

賛否両論あるニュースではあるので、この件に関してどちらが悪いという意見はここでは言わない。

だけど、このニュースを聞いて感じるのは、何故乗客はマスクをしてくださいというお願いに対して頑固に断ってしまったのかが理解できない。

 

マスクに限ったことではないが、人と接すると、「なんでそんなことに頑固になるん?」と思うことが多々ある。

日本の映画監督・脚本家であった、小津安二郎という人の言葉で、こんなのがある。

「どうでもよいことは流行に従い 重大なことは道徳に従い 芸術のことは自分に従う」

 

この言葉を聞いたとき、「自分が探し求めていた言葉だ!」と自分の中でビビッと来るものがあった。

今回のニュースも「マスクをする」ということに関して、「どうでもいいこと」ではなかっただろうか。

僕にとってはマスクをする行為はどうでもいいことなので、マスクをするという流行に従うだけだ。

 

マスクを拒否した人にとって、「マスクをすること」が芸術であったのなら、拒否したことも仕方ないと思うが、そんなことはないと思う。

ただ頑固に拒否していた、それだけのことだろう。

 

ストレスのない社会を生きるために重要だと思うことが2点ある。

1点目が、自分の中で「どうでもいいこと」、「重要だと思うこと」、「芸術、つまり自分のこれは譲れないと思うこと」をしっかりと分けておくべきであるということ。

 

僕の場合で言うと、バイトでの関係性や大学の課題はどうでもいいことなので、周りに合わせてというか、何も深く考えずにだた指示された通りに動く。

やりたいことをやるとか、後悔しないようにするとか、そういった重要なことは道徳に従い行動しようとするし、自分の夢やサッカーに関しては、人に言われても譲れないことだから自分に従う。

 

「どうでもいいこと」が悪いことだと思って、全部にこだわり持とうとしている人もしるし、別にそれはそれでいいけど、そういった人に限って人一倍ストレスを抱えていたりする。

 

2点目は自分の中で「どうでもいいこと」、「重要だと思うこと」、「芸術、つまり自分のこれは譲れないと思うこと」を人に強要しないこと。

自分がどうでもいいと思っていることは、相手にとっては命を懸けてやっていることかもしれないから、それに対して「そんなどうでもいいことにこだわるのはやめろ」と言ってはいけない。

 

人と意見が違っても「なんでわかってくれないの」と思わず、「この人はこんなどうでもいいことに気張っているんだ、まあそんなことどうでもいいけど」というくらいで感じることが必要だと思う。

そのことに関して全然悪いことではない。

ただ意見が違うだけだし、100%意見が一致することなんてないから。

 

僕の中のストレスを溜めない生き方として、

自分の中で「どうでもいいこと」、「重要だと思うこと」、「芸術、つまり自分のこれは譲れないと思うこと」をしっかりと分けておくべきであること

自分の中で「どうでもいいこと」、「重要だと思うこと」、「芸術、つまり自分のこれは譲れないと思うこと」を人に強要しないこと

この2つを上げた。

 

普段、生活してても、ちょっとでも自分の中で気に入らないと圧力をかけてきたりする人もいたりする。

そういう時は流されるように心がけている。

だってどうでもいいことだから。

 

実際生活していて思うに、人生に大事なことなんてとても少ない。

だからこそ自分のこだわりには価値があると思うし、僕はここぞと言うときに勝負できるようにしていたい。

 

「どうでもよいことは流行に従い 重大なことは道徳に従い 芸術のことは自分に従う」

この言葉を脳みそに刻み、自分とって大事な時に一気に集中できるように心がけていきたい。

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