#311 練習場に行く意味

今週も1週間が終わった。

サッカーができない期間は自分にとって辛いものだ。

 

東京まで1時間かけて行って、サッカーができないから全体練習中は基本球拾い。

もちろん自分のために体幹・筋トレをやるけど、こんなことは家でもできる。

 

わざわざできないのに東京の練習場に来る意味はあるのか。

 

ある。

 

サッカーへの気持ちを忘れないため。

この外から見ている惨めな気持ちを実感し、二度と同じ状況に陥らないように誓うため。

これまでの当たり前のようにできていたことへの感謝を感じるため。

 

こんなふうにサッカーができなくても、来る理由はある。

別に来なくても違う方法で成長するチャンスは自分次第でいくらでもあると思う。

 

ただ僕の場合は球拾いをしながら、サッカーができないことへの苦しさやもどかしさみたいなのを感じ、二度と怪我なんてするかと誓うためである。

 

たかが2,3週間の怪我。

だが、この2,3週間の差というのは間違いなく大きい。

 

できない期間は恐怖でしかない。

この取り残されるような恐怖感、立ち止まることへの危機感、サッカーができないことからくる不快感。

 

このネガティブな感情を思い切り堪能し、復帰後の自分にプラスになるようにしたい。

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